PDF 41MB・発行:2011/02/15

[CONTENTS] 全135ページ

 

◯ 特集:私たちはどんな未来を創るのだろうー JVJA

◯ エチオピア 岩窟の祈り ー  佐藤文則

◯ ガザの子どもたち ー  古居みずえ

◯ インド 地の底の子どもたち ー  豊田直巳

◯ 議員の選挙演説に血税から謝礼金 ー  林 克明

◯ 人間の住んでいる島 ー  阿波根昌鴻

◯ 沖縄 高江ヘリパッド ー  森住 卓

◯ 戦争の記憶 ー  山本宗補

◯ いのちつなぐ ー  國森康弘

エチオピア北部のティグレ州に点在する岩窟教会。断崖の岩肌に建つ修道院や洞穴状の教会など、エチオピア正教徒にとっての聖地だ。しかし1991年まで、反政府勢力の拠点だったため、外国人が訪れるのは、容易ではなかった。人々は、どうしてこのような辺鄙な地を、今日まで信仰の場としてきたのだろうか。

 

エチオピア 岩窟の祈り(佐藤文則)

インド東北部メガラヤ州のジャインティア高原には、5千とも1万とも言われる炭坑がある。「去年、坑道が崩れて、友人が生き埋めになったよ」 、炭塵にまみれ、まだ幼さの残る少年が言った。彼らは「ねずみ穴」と呼ばれる坑道に入り、1日に7~8時間も地の底で働き続ける。危険と隣合わせで働く少年たちの姿をリポートする。

インド地の底の子どもたち(豊田直巳)

地球はすべてを与えた。森はすべてを恵んだ。土は種を育んだ。しかし人間は…。文明の衝突、または核の脅威を自ら生み出し、環境を破壊し、生命そのものの存続を危機にさらしている。私たちは、人間の記憶をどのような言葉で、何を未来へと語り継ぐのか。写真と言葉で紡ぐ「fotgazet」創刊号のフォトストーリー。

 

私が初めてパレスチナに行ったのは1988年だった。私が通った20数年間の中で、もっともひどい出来事が2008年末から'09年にかけて3週間にわたるイスラエル軍によるガザ侵攻だった。爆撃で家族を失い一人ぼっちになったアミーラ(15)、不発弾で負傷したハイサム(9)など生き残った6人の子どもたちの悲しみを伝える。

私たちはどんな未来を創るのだろう

ガザの子どもたち(古居みずえ)

沖縄戦の激戦地になった伊江島。この島で、阿波根昌鴻さんは非暴力で米軍と闘った農民のリーダーだった。阿波根さんは高額な二眼レフカメラを購入し、米軍の無法行為や闘いを記録し続けた。写真集「人間の住んでいる島」から、ジャーナリズムの原点とも言える作品群を紹介する。写真の持つ記録性という力が、見る者を突き動かす。

人間の住んでいる島(阿波根昌鴻)

お隣の普通に見えるお年寄りも、忘れられない「戦争の記憶」を脳裏に刻んでいる。しかしその記憶も、刻々と消え去ろうとしている。日本各地の戦争体験者を尋ね、丹念に聞き集めた証言と肖像写真で、戦争があった事実さえも知らない若い世代にも伝えたい。ひとりひとりの肖像に畏敬の念を覚えると同時に、その脳裏に深く刻み込まれ た「戦争の記憶」を語り継ぐ。

戦争の記憶 (山本宗補)

民主党元代表の小沢一郎氏の話ではない。2007年7月の参院選をめぐるヒゲ隊長こと佐藤正久・参院議員の選挙とカネである。自衛隊のイラク派遣の隊長を務め一躍名をはせた佐藤氏は、鳴り物入りで自衛隊から国会へ送り込まれた。その佐藤正久参院議員の“選挙演説”に、血税から謝礼金が支払われている。その背後には何がうごめいているのか。

沖縄本島の国頭村と東村にまたがるヤンバルの森に、米軍北部訓練場がある。東村高江区をぐるりと取り囲むように、6カ所のヘリパットが建設されようとしている。「豊かな自然の中で子育てをして、平和に暮らしたい」と願う住民たちは基地ゲート前で座り込み、建設に反対してきた。翻弄されてきた高江の人々の切なるメッセージ。

おかしなマネー政治とカネ (林克明)

沖縄 高江ヘリパッド (森住卓)

島根県の沖合に浮かぶ隠岐諸島のひとつ、知夫里島。人口700人弱の島には病院も特養もない。この島に存在した介護・看取りの家「なごみの里」を舞台に、逝く人が満足し、残る人も救われる看取りのかたちを伝える。死は、代々受け継いできた命のエネルギーを、次の世代に受け渡していく、命のリレーなのだ。

いのちつなぐ (國森康弘)

PDF 8MB・発行:2011/03/28

「津波被害と核汚染」ダウンロード無料! 全38ページ

 

東日本大震災の翌日から、福島、宮城、岩手などで取材を続ける日本ビジュアル・ジャーナリスト協会(JVJA)のメンバーたち。これまでインターネット等で報告してきた内容を、「fotgazet 号外」としてまとめて無料発行します。

PDF 46MB・発行:2011/05/16

[CONTENTS] 全131ページ

 

◯ 特集:世界の核 ー 森住卓/豊田直巳/野田雅也

◯ 原発労働者の被曝を追い続けて ー  樋口健二

◯ 放射能に汚染された村 ー  森住卓/豊田直巳/野田雅也

◯ 弔う 鎮魂の読経  ー  山本宗補

◯ 歌舞伎町 3•11それから ー  権徹(ゴンチョル)

◯ 戦争の記憶 ー 山本宗補

◯ イラク 終わらない惨禍 ー  玉本英子

◯ ハイチ 大地震から1年 ー  佐藤文則

◯ ラダック 光のなかで ー  桃井和馬

原発建設のラッシュ時代だった70年代から、フォトジャーナリストの樋口健二氏(74)は、被曝労働者の被害を告発しつづけている。作業中に被曝し、白血病や骨転移ガンで死亡した元労働者、孫請け会社で働かされていた16 歳の少年など、被曝労働者は闇から闇へと捨てられて来た。原発管理社会の暗い闇と歴史を映し出す。

 

原発労働者の被曝を追い続けて ー 樋口健二

東日本大震災の被災地で、つぎはぎだらけの僧衣にわら草履姿で瓦礫に向かって読経する僧侶に出会った。岩手県盛岡市にある石雲禅寺の僧侶、小原宗鑑さん(28)。宮古市から読経行脚を開始し、岩手、宮城、福島と訪ねた。被災者たちは、読経を唱える宗鑑さんの姿に、心から手を合わせる。鎮魂行脚に密着取材。

弔う 鎮魂の読経 ー 山本宗補

チェルノブイリ、セミパラチンスク、イラク、マーシャル、チベットなど原発事故や核兵器による放射能が、人間にそして地球にどのような影響を与えたのか。54ページのグラビア大特集。原発関連のテレビ番組を25年に渡って制作してきた七沢潔氏(NHK放送文化研究所)の特別寄稿『「ZONE」の既視感~deja vu』も掲載。

 

福島第1原発が水素爆発を起こした日、福島県飯舘村には雪が降り積もった。北西に吹く風は、高濃度の放射能を運び、村に「黒い雨」を降らせた。30km圏外でも高い放射線値を記録する飯舘村。計画的避難区域に指定され、古里から避難しなければならない酪農家たちをドキュメントする。

特集:世界の核

放射能に汚染された村

眠らない町、新宿・歌舞伎町。この町を撮り続けて15年の権徹は、地震直後、震える手でカメラを握り繁華街に飛び出した。大きく揺れる高層ビル、避難する人々、派手なネオンも消えた。しかし震災から2週間が過ぎると、ネオン街には風俗やキャバクラ、異性を求める若者たちが集っていた。韓国人が捉えたニッポンの異常な姿。

連載「戦争の記憶」の第6~8回は、ミッドウェー海戦を経験した高木清さん、シベリア抑留体験をもつ千野誠治さん、元中国残留婦人の鈴木則子さんの3名。丹念に聞き集めた証言と肖像写真で、戦争があった事実さえも知らない若い世代にも伝える。脳裏に深く刻み込まれ た「戦争の記憶」を語り継ぐ。

「独裁からの解放」とともにこの国にもたらされた占領、イラク人どうしの殺し合いと対立。そのはざまで、行き場を失った人びとがとにかく今日を必死に生きなければならない。それが8年を経たイラクの姿だった。終わらない惨禍のなかで、バグダッドでは日本の震災復興を願うコンサートも開催された。

2010年1月の大地震から一年を迎えたハイチ。現在でも、60 万人を越える被災民が、テント村で不便な避難生活を余儀なくされている。地震からこれまでに、撤去された瓦礫は全体の約15~ 20 パーセント、仮設住宅の建設は予定数の15 パーセントにしか過ぎない。震災から1 年以上が過ぎても、復興は進んでいないのが現状だ。

歌舞伎町 3•11それから− 権 徹

戦争の記憶 ー 山本宗補

イラク 終わらない惨禍 ー 玉本英子

ハイチ 大地震から1年 ー 佐藤文則

インド北部ヒマラヤ山中に、チベット仏教を信じる人々の里「ラダック」がある。2011年3月下旬。この場所にも日本の「震災情報」が届いていた。無数の深いシワが刻んだ男は、ポロポロ涙を流し、「被災者のために」と私にお金を手渡そうとした。その気持ちと祈りはきっと、日本の被災地にも届いている。

ラダック 光のなかで ー 桃井和馬

PDF 42MB・発行:2011/08/10

[CONTENTS] 全121ページ

 

◯ 時代の証言者たち 広島 ー 福島菊治郎

◯ 時代の証言者たち 長崎 ー 黒﨑晴生

◯ 時代の証言者たち 水俣 ー 桑原史成

◯ 時代の証言者たち 福島 ー JVJA

◯ 特別寄稿 ー 桜井均

◯ インドネシアの鯨人 ー 石川梵

◯ 棄てられた少数民族ヌバ ー 國森康弘

◯ 佐々井秀嶺師とインド仏教徒 ー 山本宗補

◯ おかしなマネー「金持ち大減税」 ー 林克明

◯ 戦争の記憶 ー 山本宗補

長崎県出身の黒﨑晴生氏は、長崎の街で暮らし、働き、人々と交わってきた。そして45年間、被爆者と共に歩みカメラのレンズを向ける。あの日から66年が過ぎた。しかし、平静さを取り戻したかに見える人々の営みに、“核”の牙はいっときも休むことなく、襲いかかるという。黒崎氏は写真を通じて、“核” 廃絶へ向かって歩を進めている。

 

長崎 ー 黒﨑晴生

福島原発事故から5ヶ月、事故収束の見通しは依然としてたたず、放射性物質の漏洩は環境を汚染し続けている。福島市渡利に住む夫妻は、1歳4ヶ月になる赤ちゃんを、ダイニングルームで囲いに入れて育てている。なぜこのような生活を強いられなければならないのか。原発事故に翻弄される日本の今を証言する。

福島JVJA

伝説の報道写真家、福島菊次郎氏。孤高のジャーナリストも老境の90歳、体重37kgで満身創痩。国に見捨てられた被爆者の苦しみを撮影し続け、 『ピカドン ある原爆被災者の記録』(1961)として発表。「時代の目撃者たち」では、同写真集より被爆者の中村一家を中心に、戦後の広島を伝える。

 

報道写真家の桑原史成氏は、水俣病の写真によって鮮烈に写真界デビュー。その後も水俣病患者を50年に渡って取材する。国が水俣病はチッソの有機水銀によると結論を出したのは、事件から約8年後。その間、住民は汚染された魚を食べ続けていた。利潤追求と保身に走る企業体質が、水俣病の被害を拡大させた。歴史的な写真に加え、桑原氏へのインタビューも掲載。

広島 ー 福島菊治郎

水俣 ー 桑原史成

洋上を行く、プレダン(銛打ち船)の前に潜水艦のような頭をしたマッコウクジラが姿を現す。男たちは帆を下ろし、櫂を漕いで後を追う。ラマファと呼ばれる銛打ちは、狙いを定め、銛を構える。インドネシアのレンバタ島ラマレラ村。大自然の懐で生きる「鯨人」の生き方を伝える。

インドネシアの鯨人石川梵

2010年1月の大地震から一年を迎えたハイチ。現在でも、60 万人を越える被災民が、テント村で不便な避難生活を余儀なくされている。地震からこれまでに、撤去された瓦礫は全体の約15~ 20 パーセント、仮設住宅の建設は予定数の15 パーセントにしか過ぎない。震災から1 年以上が過ぎても、復興は進んでいないのが現状だ。

佐々井秀嶺師とインド仏教徒 ー 山本宗補

ヒロシマ、ナガサキ、ミナマタ、そしてフクシマ?原爆の放射線や工場排水に含まれていた有機水銀は、生体に致命的な影響を及ぼし、母の胎盤を貫き、胎児にまで届いていた。そういう手痛い経験を私たちはしてきたはずなのに、なぜ、同じようなことを繰り返してしまったのか。これまで数多くのNHKドキュメンタリーを制作してきた桜井均氏による特別寄稿。

2011年7月、アフリカ54番目の国が「誕生」した。南スーダン共和国。しかし喜びの陰で、独立から取り残された挙句に再び戦火に巻き込まれる民たちがいた。山地の少数民族、ヌバだ。英国はじめ帝国主義各国による植民地化と「文明」の波、そして内戦…。棄てられた少数民族ヌバに寄り添ったフォトレポート。

特別寄稿 ー  桜井均

棄てられた少数民族ヌバ ー 國森康弘

連載「戦争の記憶」は、中国での刺殺体験を語る金子安次さん、中国での生体解剖を証言する湯浅謙さん、「シンガポール華僑粛清」を生き残ったユー・キャン・チェンさんの3名。丹念に聞き集めた証言と肖像写真で、戦争があった事実さえも知らない若い世代にも伝える。脳裏に深く刻み込まれ た「戦争の記憶」を語り継ぐ。

戦争の記憶 ー  山本宗補

マスコミも一般の人も政治家も、社会保障の充実には消費税の増税しかないと思ってしまっている。税収が足りないから歳出カットやむなし、震災復興のためには増税やむなし、という空気も蔓延しているようだ。実は、これらはほぼすべて大嘘である。ゆがんだ税制によるゆがんだ国の姿について語る。

金持ち大減税 ー  林克明

PDF 38MB・発行:2011/12/15

[CONTENTS] 全102ページ

 

◯ 特集:韓流と新大久保 ー 権 徹

◯ 新大久保をぶらり散歩 ー 林香里×権 徹

◯ 遠いアラブの「春」 ー 高橋邦典

◯ ヴードゥーの民 ー 佐藤文則

◯ 私とユージンスミスと水俣 ー 石川武志

◯ 死の町 20km圏内の現在 ー JVJA

◯ 戦争の記憶 ー 山本宗補

◯ 畏れと悼み ー 國森康弘

ハングル文字にあふれ、韓国料理店や韓流グッズ店が次々に新規オープンしている。そこはまさに「コリアンタウン」だ。熱気にあふれた町を、『「冬ソナ」にハマった私たち』の著者、東京大学教授の林香里さんとJVJAの権徹(ゴンチョル)がぶらり散歩した。

 

新大久保をぶらり散歩ー林香里×権徹

西アフリカに栄えたダホメ王国から由来したと言われるハイチの古式ヴードゥー教。精霊が憑依した信者、戦士の精霊が宿る聖木など、伝統的なヴードゥーの儀式を護り続けるスヴェナンス村の人びとの素顔を描く。

ヴードゥーの民佐藤文則

「韓流のメッカ」と女性に人気の高い新大久保だが、JVJAの権徹(ゴンチョル)は、不法滞在者の一斉摘発や売春などの実態にもカメラを向けてきた。10年にわたる記録写真から、韓流ブームと新大久保の裏側にせまる。

 

チュニジアにはじまった「革命」は瞬く間に中東、北アフリカのアラブ諸国に飛び火し、いつしかこの一連の動きは「アラブの春」とよばれるようになった。反政府運動が起きたエジプト、激戦地となったリビア。激動を記録した世界的フォトグラファー、高橋邦典氏の特別寄稿。

韓流と新大久保 ー 権 徹

遠いアラブの「春」 ー 高橋邦典

「あの日」から9か月、20km圏内は津波の被災を残したままに冬を迎えた。一時帰宅者に同行し、JVJAのメンバーが見たものは、放置されてミイラ化したダチョウや牛、息吹を失った家や町など、時間の止まった「死の町」だった。

死の町 20km圏内の現在 ー JVJA

第12回上野彦馬賞を受賞した國森康弘の受賞作品を紹介。翌朝から歩いた現場のことを思うと受賞について「おめでたい」とは言えない、という。これからも自らの視点で3・11 取材に取り組むことを通じて、犠牲になった方々や被災者の皆さまへ、懺悔と追悼の想いを捧げたい。

畏れと悼み ー 國森康弘

40年前の原宿の路上で、偶然に写真家ユージンスミスと出会った。軽く交わしたひと言をきっかけに、石川武志氏はユージンスミスの助手になり、アメリカに渡る。二人の写真家が、水俣を舞台に写真のなかで再会する。

載「戦争の記憶」の第12~14回は、アジア太平洋の日本軍の拠点に戦闘部隊を送り続けた輸送船操舵手の西山勇さん、インドとビルマの国境地帯でインパール作戦に従軍した中野弥一郎さん、フィリピンのルソン島で敗走して生き残った野嶋衞さんの3名。それぞれの脳裏に深く刻み込まれた「戦争の記憶」を語り継ぐ。

私とユージンスミスと水俣ー石川武志

戦争の記憶 ー 山本宗補

PDF 48MB・発行:2012/03/31

[CONTENTS] 全113ページ

 

◯ 激写! 1年後の福島原発 ー 森住 卓

◯ 福島の彼方へ ー 小原一真

◯ 原発作業員の手記 ー T氏

◯ 植物の放射能汚染 ー 森繁

◯ 「棄民」への抵抗 ー 山本宗補

◯ 被災地に響く槌音 ー 野田雅也

◯ 野蒜のサーファー ー 佐藤文則

◯ カルカッタから石巻へ ー 木村 肇

◯ 胡四王神社の蘇民祭 ー 野田雅也

◯ 「ポスト311」JVJA座談会

福島原発へ潜入取材した小原一真による原発作業員のポートレート集。作業員のなかには、津波で家を失った被災者も少なくない。「やるしかねえなっていう気持ち」。危険を承知で収束業務に携わる。モザイクで隠された顔ではなく、作業員たちの素顔と本音の言葉がここにある。

 

福島の彼方へ ー 小原一真

目に見えない放射能を可視化できる放射線写真法のラジオオートグラフ。東大教授でNPO「WINEP」の代表である森繁氏が、植物の放射能汚染の実態を告発。オオバコ、月見草、キノコなどに映る黒い斑点や強く汚染された種子。それは次世代の放射能汚染を意味する。

植物の放射能汚染森 繁

ボロボロの福島第一原発の上空を、森住卓がヘリから近距離で激写!崩壊の危険性が指摘される4号機、冷却水がほとんど溜まっていない2号機、増え続ける汚染水など、1年が過ぎても危機は過ぎ去っていない。廃炉まで40年。私たちはどう向き合うのか。

 

地震発生時、福島第一原発で作業をしていたT氏。一時は避難したものの、事故直後から招集され、収束作業を行ってきた。今回はインタビューではなく、自らが記した1年の手記。T氏が望むことは「原子力の終焉」。事故を二度と起こさないために何をすべきか?

激写! 1年後の福島原発 ー 森住 卓

原発作業員の手記 ー T氏

津波で市街地が壊滅した岩手県大槌町の赤浜。湾の岸辺に、被災地でもっとも早く再開した岩手造船所がある。がれきで作業小屋を建て、拾い集めた鉄で道具を作る。ふるさとを復興させようと懸命に槌を打つ男たちのルポルタージュ。

被災地に響く槌音野田雅也

インドのカルカッタから友人のいる石巻へと駆けつけた若手フォトグラファーの木村肇。震災は若者たちをどのように変えたのか?記憶に焼き付けられた光景と、日常を取り戻したかのように見える1年後の東京。同じ時間軸上に存在していることに困惑する。

カルカッタから石巻へ ー 木村肇

人災による福島第一原発事故後の国の対応を、「棄畜棄民」の視点から語り始めた「希望の牧場」の吉沢正己さん。今も警戒区域内で牛を飼育する吉沢さんに、山本宗補が密着取材。その闘いは、国の「棄畜棄民」に対する痛烈なレジスタンスだ。

海を愛し、波と戯れる事を至福の喜びとするサーファーたち。しかし、その海は以前と同じ海ではない。町を襲い、多くの人たちを飲み込んだ。仲間と浜辺に散乱した瓦礫を片付け、以前のような美しい浜辺に還した。あの海へと戻る若者たちのストーリー。

「棄民」への抵抗 ー 山本宗補

野蒜のサーファー ー 佐藤文則

双葉町の厚生病院前で1000μSv/hを計測した日から1年後の今年3月13日。JVJAのメンバーが、当時、取材拠点にしていた三春に集まった。マスメディアとフリーランス、除染問題や瓦礫処理などこの1年を振り返る。原発事故さえ曖昧にしようとするのは、日本人の体質なのか?

「ポスト311」JVJA座談会

日本三大奇祭のひとつである岩手県の蘇民祭は、「裸の男と炎の祭り」としても知られる。「男性の胸毛が不快」としてJR東日本がポスター掲示を拒否したあの祭りだ。普段は寡黙な東北の男たちもふんどしをつければ荒ぶる男に豹変する。歴史ある祭りから、東北魂を描く。

胡四王神社の蘇民祭 ー  野田雅也

PDF 36MB・発行:2012/09/02

[CONTENTS] 全131ページ

 

◯ 革命前夜 ー 野田雅也

◯ 主権在民の闘い ー 山本宗補

◯ 終わらない夏 ー 佐藤文則

◯ 原発さようなら ー 亀山ののこ

◯ 重重~JU JU~  ー 安世鴻

◯ 追悼「戦場特派員」 ー 綿井健陽+古居みずえ

◯ 第二の人生 ウクライナとベラルーシ ー 森住卓

◯ なぜ殺さなきゃいけないんだ ー 山本宗補

◯ 死 輪廻転生 ー 宮崎学

◯ いのちをつなぐ ー 國森康弘

「主権在官」から「主権在民」へ。全国に広がった抗議デモ、市民が求めるのは再稼働反対や脱原発だけではない。これは国民の主権を取り戻すため民衆の闘いなのだ。

 

主権在民の闘い ー 山本宗補

2児の母でもある著者は、原発事故後に東京から福岡へ移住した。「いのちを守りたい」とファッション写真や選挙ポスターにメッセージを載せて「NO NUKES」を発信する。

原発さようなら亀山ののこ

市民のカンパで実現した「正しい報道ヘリの会」による空撮。あじさい革命から今日まで続く脱原発デモの様子を、上空と地上から撮影した写真で“大きな声”を伝える。

 

抗議デモをスマートフォンで撮影するiGrapherサトウフミノリ。報道写真とは異なる独自の視点で日本社会のいまを表現する。スマートフォン撮影術を伝授する「アプリのススメ」も収録。

革命前夜 ー 野田雅也

終わらない夏 ー 佐藤文則

「山本美香が死んでしまった」という絶対的な事実が、突然目の前に突き付けられた。戦争取材に強い信念を抱いて現場に挑み続けた山本美香さんへ、アジアプレスの元同僚二人が寄せる追悼文。

追悼「戦場特派員」綿井健陽+古居みずえ

「動物も人間も同じ」。原発から12キロの富岡町にある自宅で、事故後も避難せずに動物の世話を続ける松村直登さん。犬や猫、ダチョウやポニーと暮らす松村さんの生活に迫る。

なぜ殺さなきゃいけないんだ ー 山本宗補

ニコンによる突然の写真展中止通告。テーマが日本軍「慰安婦」だという理由でニコンは政治的活動だと見なした。「重重」に映る元慰安婦たちの肖像と恨(ハン)を伝える。

原発事故以降、森住卓は世界の核汚染地を福島の視点で見直す取材を続けている。チェルノブイリ事故は今も終わりが見えない。ウクライナとベラルーシで暮らす人びとの「第二の人生」。

 重重~JU JU~  ー 安世鴻

第二の人生 ー 森住 卓

「死」を見据えて必死に「今」の命を生きる。命のバトンリレーの先頭に立っているという著者が、あたたかな看取りを通して命の有限性と継承性を伝える。

いのちをつなぐ ー 國森康弘

自然界の報道写真家、宮崎学氏。私たちは死を単なる物質的な終息として教えられているが、自然の死は、終息することなく新たな生命に引き継がれている。自然から学んだ死と再生の物語。

死 輪廻転生 ー 宮崎学

PDF 55MB・発行:2013/04/08

[CONTENTS] 全131ページ

 

◯ After the 311 大槌町の1年 ー 野田雅也

◯ After the 311 それから… ー 佐藤文則

◯ After the 311 2年後の福島 ー 山本宗補+森住卓

◯ 原発作業員 ハッピーさんのTwitter録 @happy11311

◯ 不確かな記憶 ー 村田信一

◯ 変わらない沖縄 ー 豊田直巳+野田雅也

◯ アイヌ、風の肖像 ー 宇井眞紀子

◯ いのちつなぐ〜28歳の旅立ち〜 ー 國森康弘

◯ 癒せない心の傷 ー 古居みずえ

◯ イラク戦争の10年 ー 高遠菜穂子

大震災から2年、被災地の様相は変わり始めている。家屋の解体が進み、更地が目に付くようになった。しかし、街の様相が変わっても、被災者たちの痛みが消えることはない。仮設住宅などで避難生活を続ける人は約31万5000人。震災の忌まわしい記憶と経済的な問題から、元の場所に戻ることを躊躇する人たちは多い。

 

それから… ー 佐藤文則

7万のフォロアーがいる原発作業員のハッピーさん。福島第一原発事故の直後から現場で作業を行い、ツイッターを利用して内部情報を発信してきた。膨大な情報に埋もれてしまいがちなツイッターだが、原発作業員の本音や人間味あふれる言葉など、2年間分のつぶやきから抜粋して記録する。

ハッピーさんのTwitter録 @happy11311

津波被害で壊滅した岩手県大槌町。がれきは撤去されたものの、復興にはほど遠い。けれども悲しみ、苦しみ、悶えた被災者の心は、ようやく前を向きはじめた。生き残った意味を自らに問い続け、そして気づいた。「生かされている」という想い。被災者の1年を描く。

 

大津波と原発事故を生き延びた南相馬市の元競走馬。イノシシとブタが交配して成長した富岡町のイノブタ。そして飯舘村の牧場では異変が起きている。生後まもなく死亡した子馬が14頭、元気に育った子馬は1頭のみなのだ。「事故が起こる前には、こんな事はなかった」と牧場主はいう。2年後の福島の現状を伝える

大槌町の1年 ー 野田雅也

2年後の福島 ー 山本宗補+森住卓

「山本美香が死んでしまった」という絶対的な事実が、突然目の前に突き付けられた。戦争取材に強い信念を抱いて現場に挑み続けた山本美香さんへ、アジアプレスの元同僚二人が寄せる追悼文。

変わらない沖縄豊田直巳+野田雅也

骨肉腫と診断された28歳の勝彦さん。自宅は原発から20キロ圏内の南相馬市にあり、事故後は、避難しながら東京、福島、群馬の病院で入退院を重ねた。結婚して子どもを授かり、あったかい家庭を築きたい……。その夢は、あきらめるしかなかった。生前、勝彦さんは書き残していた。「私は長くは生きられそうにありません…」。

いのちつなぐ ー 國森康弘

イラクで、パレスチナで、チェチェンで。世界の紛争地の最前線に立ってきた戦場フォトグラファー村田信一氏。しかし「この世界で生きていくにはナイーブ過ぎた」と、自ら戦場フォトグラファーをやめたと突然に宣言した。そして同氏が半年間移り住んだ地が、原発事故後の福島県伊達市だった。紛争地の写真だけでなく、伊達市での生活の手記も掲載。

当たり前のように「祈り」があり「感謝」のある暮らしは、「命」をいただいて生きていること、そして自分自身の「命」についても感じることができる。20年にわたりアイヌに寄り添うように記録してきた宇井眞紀子。アイヌ語で「人間の力のおよばない何か」を意味する「カムイ」が、モノクロームの写真に宿る。

 不確かな記憶 ー 村田信一

アイヌ、風の肖像宇井眞紀子

「カエルみたいのわかる?」医師が妊婦のエコー検査の画面を示しながら説明した。すぐに無脳症だとわかった。産まれても生きられない命。高遠菜穂子さんがイラクのファルージャに滞在した今年1月だけでも、水頭症や口唇蓋裂などのケースに数多く立ち会った。米軍が使用した劣化ウラン弾などの兵器が原因だと考えられている。

イラク戦争の10年 ー 高遠菜穂子

2012年11月、イスラエル軍はふたたびガザ地区を攻撃した。160人以上が亡くなり、女性や子供たちの犠牲もたくさん出た。ガザ攻撃の後、現地に入った監督・古居みずえが映画「ぼくたちは見た」で登場した子供たちをふたたび訪れる。「どうしてぼくたちは他の子どもたちみたいに安全に暮らせないのだろう」。

癒せない心の傷 ー 古居みずえ